バロック時代 — ヴィヴァルディ・バッハ・ヘンデル
1600 年のモンテヴェルディから 1750 年のバッハの死までの 150 年、 「バロック時代」。 通奏低音・オペラ・協奏曲・オラトリオ・組曲・フーガが誕生し、 音楽は表現力と技巧の飛躍的発展を遂げた。 ヴィヴァルディ (1678-1741) [四季] のイタリア協奏曲、 J.S. バッハ (1685-1750) の対位法の頂点、 ヘンデル (1685-1759) の英語オラトリオ [メサイア] — 3 大バロック作曲家と、 パーセル・スカルラッティ・テレマン・リュリらの周辺、 通奏低音とオペラ・セリアの体系まで、 バロック 150 年を辿る。
バロック時代 — 1600-1750 の 150 年
前記事 [ルネサンス音楽] の モンテヴェルディ [オルフェオ] (1607) から、 バッハの死 (1750) までの 150 年。 「バロック (Baroque)」 という語は 元は 「歪んだ真珠」 を 意味するポルトガル語 (barroco) から、 「過剰・華麗な様式」 を 揶揄する 19 世紀の 造語。
しかし現代では 音楽史上 最も豊穣な 150 年 の一つと 位置づけられる。 誕生したもの:
- 通奏低音 (basso continuo) — バロックの 特徴的な 伴奏法
- オペラ (1607-)、 オラトリオ、 カンタータ
- 協奏曲 (concerto)、 ソナタ、 組曲
- フーガ、 対位法の 完成
- 平均律・調性和声 の 確立
バロック音楽の 3 期区分
初期バロック (1600-1650)
- モンテヴェルディ、 シュッツ
- 通奏低音の 出現、 オペラの 誕生
- ルネサンス多声から 「独唱 + 伴奏」 への 転換
中期バロック (1650-1710)
- リュリ (仏、 1632-1687) — フランス・オペラの 創始
- パーセル (英、 1659-1695) — 英国バロックの 天才、 36 歳早世
- コレッリ (伊、 1653-1713) — ヴァイオリン・ソナタと 合奏協奏曲の 標準化
後期バロック (1710-1750)
- ヴィヴァルディ、 バッハ、 ヘンデル の 3 大巨匠
- 1685 年生まれ — バッハ、 ヘンデル、 スカルラッティ が 同年生まれ (奇跡の年)
- 1750 年 バッハ死去 — バロック時代終焉
通奏低音 — バロックの 心臓
通奏低音 (Basso continuo、 伊 basso continuo) は バロック音楽の 決定的特徴:
- 低音楽器 (チェロ、 ヴィオローネ、 ファゴット) と 和音楽器 (チェンバロ、 リュート、 オルガン) が 共同で 伴奏 を担う
- 楽譜には 低音線と 数字だけ が書かれ (数字付き低音)、 和音楽器奏者が 数字を見て 即興的に 和音を実現
- 独奏楽器 (ヴァイオリン、 フルート、 歌手) が 上で メロディーを 展開
「独奏 vs 通奏低音」 の 二極構造は、 バロック音楽の あらゆるジャンル (協奏曲、 ソナタ、 オペラ、 カンタータ、 オラトリオ) を 貫く。
アントニオ・ヴィヴァルディ — 「赤毛の司祭」
アントニオ・ヴィヴァルディ (Antonio Vivaldi、 1678-1741) は、 ヴェネツィア生まれの 司祭・作曲家・ヴァイオリニスト。 生涯 500 曲以上の 協奏曲、 50 のオペラ、 その他 声楽曲・宗教音楽 多数。
生涯
- 1678 年 3 月 4 日 — ヴェネツィアで 誕生。 父は 聖マルコ大聖堂の ヴァイオリニスト
- 1703 年 — 司祭に叙階 (「赤毛の司祭 il prete rosso」 と 呼ばれる)
- 1703-1740 — ヴェネツィアの ピエタ養育院 音楽教師、 女性孤児の 音楽教育・演奏
- 1741 年 7 月 28 日 — ウィーンで貧困のうちに 死去、 63 歳
ピエタ養育院 — 音楽教育の 先駆
ヴィヴァルディが 37 年間 教えた ピエタ養育院 (Ospedale della Pietà) は、 孤児・私生児の少女を 音楽家に 育てる 特殊機関。 300 人以上の 女性演奏家 を 生み、 ヨーロッパ中の 貴族が ヴェネツィアを訪れて 聴きに来る ほど 有名に。
「女性演奏家」 が 職業音楽家として 認められた 稀有な例。 18 世紀の 音楽教育史における 重要トピック。
[四季] — 協奏曲の 傑作
[四季 (Le quattro stagioni)] は、 [調和の霊感] Op. 8 の 12 曲の 前半 4 曲 (協奏曲第 1-4 番、 1725 年出版):
- 春 — 鳥のさえずり、 小川、 雷雨
- 夏 — 灼熱、 疲労、 稲妻
- 秋 — 収穫祭、 眠り、 狩り
- 冬 — 寒風、 暖炉、 氷上
「標題音楽の 先駆」 。 各楽章に ソネット (詩) が付いており、 音楽が 具体的な情景 を 描写する 発想は 革新的。 19 世紀のロマン派 「標題音楽」 (ベルリオーズ、 リスト、 R. シュトラウス) の 遠い祖先。
現代では クラシック音楽で 最もよく知られた曲 の一つ。 CD 販売数・演奏頻度 とも 上位。
「赤毛の司祭」 の 逸話
ヴィヴァルディは 司祭でありながら 演奏活動を 優先、 ミサを 執行しなかった時期がある ため、 教会から 批判された。 「体調不良」 を 理由に 免除されたが、 「音楽への 集中」 が 真の 理由だったとされる。
J.S. バッハ — 対位法の 頂点
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ (1685-1750) については、 前シリーズ [ピアノの系譜] の 02 バッハと鍵盤音楽 で 鍵盤中心に 詳述。 ここでは 鍵盤以外 を 中心に。
教会音楽の 集大成
バッハは ライプツィヒ聖トマス教会の カントール として 27 年間 (1723-1750)、 200 以上のカンタータ を作曲:
- 教会カンタータ — 毎週の 礼拝用 (現存約 200 曲)
- [マタイ受難曲] BWV 244 (1727) — 3 時間の 巨大な 受難曲。 バッハの 最高傑作
- [ヨハネ受難曲] BWV 245 (1724)
- [クリスマス・オラトリオ] BWV 248 (1734)
- [ミサ曲 ロ短調] BWV 232 (1748-49) — 遺作、 「音楽の宇宙」
器楽曲
- [ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051] (1721) — 6 つの 合奏協奏曲、 独奏楽器の組み合わせが 各曲で異なる
- [管弦楽組曲 BWV 1066-1069] — 4 つの 組曲、 [G線上のアリア] が 第 3 番の 有名楽章
- [無伴奏ヴァイオリン・パルティータ BWV 1004] — 第 5 楽章 「シャコンヌ」 は バロック器楽の 頂点
- [無伴奏チェロ組曲 BWV 1007-1012] — カザルスが 1889 年に 発見・復活
バロック対位法の 究極
バッハは フーガ (Fugue、 遁走曲) の 名手。 [フーガの技法 BWV 1080] (1745-1750、 未完) は、 一つの主題 による 14 のフーガと 4 つのカノンで フーガの 全可能性を 網羅。 20 世紀に レオンハルト、 コープマン、 ヴァルヒャらが 再発見。
ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル — オペラとオラトリオ
ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル (Georg Friedrich Händel、 1685-1759) は、 ドイツ (ハレ) 生まれ、 イギリス帰化 の 作曲家。 バッハと 同年生まれの ライバル だが、 国際的名声はヘンデルの方が 圧倒的に高かった (生前)。
生涯
- 1685 年 2 月 23 日 — ハレで誕生 (バッハの生地 アイゼナハから 100 km)
- 1706-1710 — イタリア留学 — ヴェネツィア、 ローマで オペラを学ぶ
- 1710-1712 — ハノーファー選帝侯 (後の ジョージ 1 世) 楽長
- 1712-1759 — ロンドン移住、 王立音楽アカデミー (王立オペラ団)
- 1727 年 — イギリス帰化
- 1749 年 — [王宮の花火の音楽]、 6 万人が集まる
- 1759 年 4 月 14 日 — 74 歳で死去、 ウェストミンスター寺院に 埋葬
オペラ (前半生)
ヘンデルは 35 のオペラ・セリア を作曲。 主要作:
- [リナルド] HWV 7 (1711) — ロンドン・デビュー、 大成功
- [ジュリオ・チェーザレ] HWV 17 (1724) — ローマ皇帝 (英雄オペラの傑作)
- [アルチーナ] HWV 34 (1735) — 魔女もの
- [セルセ (クセルクセス)] HWV 40 (1738) — 「オンブラ・マイ・フ」 が 有名
現代でも バロック・オペラ復興運動 (ルネ・ヤーコブス、 ハイム、 レオンハルト) で 頻繁上演。
オラトリオ (後半生) — [メサイア]
オペラの流行が衰えると、 ヘンデルは 英語オラトリオ へ 転換:
- [メサイア] HWV 56 (1741) — キリスト救世主 をテーマとした 全 3 部のオラトリオ、 「ハレルヤ・コーラス」 で 有名
- [イスラエルの子ら (Israel in Egypt)] HWV 54 (1739)
- [ユダス・マカベウス] HWV 63 (1746)
[メサイア] の 「ハレルヤ・コーラス」
1741 年 8 月から 9 月、 わずか 24 日間で 作曲。 1742 年 4 月 13 日、 ダブリンで初演。 「ハレルヤ・コーラス」 で ジョージ 2 世が起立 したという伝承 (真偽不明) から、 現代でも 観客が起立して聴く 慣習。
世界の合唱団の 標準レパートリー。 クリスマス時期に 世界中で 演奏される。 バッハ [ミサ曲ロ短調] と並ぶ、 バロック声楽の 二大傑作。
「1685 年生まれの 3 人」 — 奇跡の年
1685 年、 3 人の 大作曲家が 生まれた:
| 作曲家 | 生地 | 主な活動地 |
|---|---|---|
| J.S. バッハ | ドイツ・アイゼナハ | ドイツ・ライプツィヒ |
| G.F. ヘンデル | ドイツ・ハレ | 英国・ロンドン |
| ドメニコ・スカルラッティ | イタリア・ナポリ | イベリア (マドリード) |
- ドメニコ・スカルラッティ (Domenico Scarlatti、 1685-1757) — 555 曲の チェンバロ・ソナタ を残す。 スペイン王女 (後の 王妃) マリア・バルバラの 教師として マドリードで 活動、 スペイン風・民俗音楽の影響を受けた 独自のスタイル
3 人が 同じ年に生まれ、 別の国で 別の様式を 発展させた — バロック音楽の 多様性の 象徴。
その他の バロック作曲家
アルカンジェロ・コレッリ (1653-1713)
イタリアのヴァイオリニスト・作曲家。 合奏協奏曲、 トリオ・ソナタ の 標準化。 バッハ・ヘンデルへの 影響。
ジャン=バティスト・リュリ (1632-1687)
フランス・オペラの創始者、 ルイ 14 世の 楽長。 「フランス風序曲」 の 発明。 1687 年、 指揮の際に 使っていた大きな杖で 足を突き刺し、 感染症で死亡 (壮絶な最期)。
ヘンリー・パーセル (1659-1695)
英国バロックの 天才、 36 歳で 早世。 [ディドとエネアス] (1689) は 英語オペラの 最高峰、 「ディドの嘆き (When I am laid in earth)」 が 名曲。
ゲオルク・フィリップ・テレマン (1681-1767)
バッハと 同世代の ドイツ作曲家。 生前は バッハより はるかに人気、 生涯 3000 曲以上 の 多作家。 教会音楽、 オペラ、 協奏曲、 室内楽 すべて。
フランソワ・クープラン (1668-1733)
フランス・チェンバロ楽派の 頂点。 [クラヴサン曲集] 4 巻 — 描写音楽の 傑作。
楽器の 発展
ヴァイオリン族の 完成
- アントニオ・ストラディヴァリ (1644-1737) — クレモナで 1000 台以上 のヴァイオリンを製作、 現代でも 世界最高峰の楽器
- グァルネリ・デル・ジェス (1698-1744) — もう一つの クレモナの巨匠
- アマティ家 — クレモナのヴァイオリン工房の始祖
ストラディヴァリウス は 現代でも 数億円 の価格、 世界の トップ・ヴァイオリニストが 使用。
鍵盤楽器
前記事 [ピアノの系譜] 参照。 バロック期は チェンバロが 中心楽器、 1700 年頃に クリストフォリが ピアノを発明。 バロック末期に バッハが ジルバーマン・ピアノを試奏 (1747)。
木管・金管
- バロック・トランペット、 ホルン、 オーボエ、 リコーダー が発達
- フルートは 木製 (現代の 金属フルートは 19 世紀)
現代の バロック復興 — 「古楽演奏」
20 世紀後半から、 バロック音楽の 「オリジナル楽器」 による演奏 運動が 発展:
- ニコラウス・アーノンクール (1929-2016) — オーストリア、 コンツェントゥス・ムジクス設立
- フランス・ブリュッヘン (1934-2014) — オランダ、 18 世紀オーケストラ
- ジョン・エリオット・ガーディナー (1943-) — 英、 モンテヴェルディ合唱団・イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
- ウィリアム・クリスティ (1944-) — 米→仏、 レザール・フロリサン
- フィリップ・ヘレヴェッヘ (1947-) — ベルギー、 コレギウム・ヴォカーレ・ヘント
現代では モダン楽器と 古楽器の両立。 バッハ [マタイ受難曲]、 ヘンデル [メサイア] は 両方の様式で 頻繁演奏。
バロック期の 政治・文化背景
- 1618-1648 — 三十年戦争 (ドイツ壊滅)
- 1643-1715 — ルイ 14 世 (フランス絶対王政)
- 1685-1750 — バッハの生涯
- 1687 — ニュートン [プリンキピア] (前シリーズ [数学の系譜] 参照)
- 1723-1750 — バッハがライプツィヒ・カントール
- 1750-1789 — 啓蒙時代 (古典派へ)
科学革命・絶対王政・宗教改革の 後始末 の中で、 音楽は 教会・宮廷 の 2 大パトロンから 市民社会・出版流通 へと 拡大していく。
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バロック時代 150 年を辿った。 次記事では、 古典派 (1750-1820) に入る。 ハイドン、 モーツァルト、 ベートーヴェン の ウィーン古典派、 交響曲・弦楽四重奏・ソナタ形式の 完成、 啓蒙主義と 市民社会 の 音楽的表現、 フランス革命 (1789) と ナポレオン戦争 の 時代背景まで、 音楽の 「近代化」 の 70 年を辿る。 前シリーズ [ピアノの系譜] の 03 モーツァルト・ハイドン、 04 ベートーヴェン と 対応する時代を、 交響曲・室内楽・オペラの 全体像から。