ポリフォニックと MIDI 前夜 — 和音と記憶、そして接続
電子鍵盤楽器の系譜、第 5 話。1978 年、Prophet-5 が「和音が弾け、作った音を記憶できる」最初の実用的ポリフォニック・シンセを実現。Jupiter-8、CS-80 など各社の名機が並び立つ黄金期が訪れる。そして 1983 年、メーカーの垣根を越えて機材を繋ぐ MIDI 規格が制定され、電子鍵盤はスタジオの中心になった。アナログ最盛期から接続の時代への転換を辿る。
二つの壁 — 和音と記憶
Minimoog (第 4 話) でシンセは大衆化したが、 二つの壁が残っていた:
- 和音が弾けない — モノフォニックで一度に 1 音
- 音を記憶できない — せっかく作った音色も、 つまみを回せば消える。 毎回セッティングし直し
この二つを同時に解決したのが、 1978 年の Prophet-5 である。
Prophet-5 (1978) — ポリフォニック + プリセット記憶
デイヴ・スミス 率いる Sequential Circuits が発表した Prophet-5 は、 二重の革命だった:
- ポリフォニック — 5 音同時発音。 ついに 和音が弾ける シンセに
- プリセット記憶 — マイコンを内蔵し、 作った音色をメモリに保存・呼び出し できる (当時の常識を覆す機能)
音作りの成果を保存できることで、 シンセは 「ライブで即座に音色を切り替える楽器」 になった。 Prophet-5 は 80 年代のニューウェーブ・ポップスで多用され、 ポリシンセの標準を確立した。
アナログ・ポリシンセの黄金期
Prophet-5 前後、 各社が個性的な名機を送り出す。 アナログシンセの絶頂期である:
- Roland Jupiter-8 (1981) — 分厚く華やかな音。 デュラン・デュラン、 ハワード・ジョーンズら 80s ポップスの定番
- Yamaha CS-80 (1977) — 重量 100kg 超。 ポリフォニック・アフタータッチによる表情豊かな演奏。 ヴァンゲリス『ブレードランナー』の音
- Roland Juno シリーズ — 手頃な価格でコーラスの効いた温かい音。 幅広く普及
- Oberheim — 分厚いブラス音で知られる
各機種が固有のキャラクターを持ち、 「あのアーティストのあの音はあの機種」 という結びつきが生まれた。 銘機 (マシン) が音楽ジャンルを規定する — 電子鍵盤ならではの現象である。
MIDI (1983) — メーカーの垣根を越える
アナログ最盛期の裏で、 決定的な標準化が進んでいた。 問題は、 メーカーごとに機材の規格がバラバラ で、 相互接続できないこと。 これを解決したのが MIDI (Musical Instrument Digital Interface) である。
- 1983 年制定 — デイヴ・スミス (Sequential) と梯郁太郎 (Roland) らが主導し、 各社が合意
- 演奏情報をデジタル信号でやり取り — 「どの鍵盤を、 どの強さで、 いつ押した / 離した」 を送る
- 1 台の鍵盤で複数の音源を鳴らす、 シーケンサーで自動演奏する、 機材を同期する — が可能に
重要なのは、 MIDI が 音そのものではなく 「演奏の指示」 を送る 規格だという点。 これにより、 鍵盤 (コントローラー) と音源を分離でき、 コンピューターで音楽を組み立てる DTM (デスクトップ・ミュージック) の基盤が整った。 MIDI は今日まで基本的に互換性を保ち続けている、 音楽史上まれな長寿規格である。
アナログの終わりと、 デジタルの予感
1983 年は象徴的な年だった。 MIDI が制定され機材が繋がり始めた、 まさにその同じ年に — アナログ・ポリシンセの黄金期を一瞬で過去にする楽器が現れる。 Yamaha DX7。
太く温かいアナログの音に対し、 DX7 の FM 音源 は硬質できらびやかな、 まったく新しいデジタルの音を持っていた。 しかも安価で、 音程は完璧に安定し、 大量のプリセットを内蔵していた。
次記事では、 この DX7 と FM デジタル革命 — 電子鍵盤が 「電圧」 から 「演算」 へと原理を跳躍させ、 80 年代ポップスの音を丸ごと塗り替えた瞬間を辿る。