平均律の物語 — 純正律 vs 平均律
音楽理論の縦糸「音律問題」の中心。 数学的に純粋な純正律は美しいが転調できない。 全調で演奏できる平均律は、代わりに全音程を僅かに濁らせる。 ピタゴラスのコンマから中全音律・ヴェルクマイスター、そしてバッハ『平均律クラヴィーア曲集』が象徴する 12 等分平均律の採用まで、「純粋さ」と「自由さ」のトレードオフの歴史を辿る。
「純粋な音律は閉じない」という宿命
ラモーが和声を理論化し「全ての調で自由に和音を鳴らす」道が見えた(第 4 記事)。 だが、 そこには物理的・数学的な障害があった —— 音律(temperament) の問題である。
第 1 記事で見たピタゴラスのコンマ —— 完全 5 度を 12 回積んでも 7 オクターブに一致しないという宿命。 これは「数学的に純粋な音律は、 12 音の輪として閉じない」ことを意味する。 音律の歴史とは、 この閉じないズレをどこに押し付けるかの歴史である。
純正律 — 美しいが転調できない
純正律(just intonation) は、 全ての音程を単純な整数比(オクターブ 2:1、 5 度 3:2、 長 3 度 5:4)で作る。 ザルリーノ(第 3 記事)が理論化したこの音律は、 特定の調で演奏すれば、 和音が「うなり」なく完璧に溶け合う。
だが致命的な弱点がある: 転調するとたちまち濁る。 ある調に最適化して調律すると、 別の調では音程が狂ってしまう。 純正律の鍵盤楽器は「一つの調では天国、 隣の調では地獄」だった。 —— 純粋さ(純正律)と 自由さ(全調演奏)は両立しない。 これが音律問題の核心。
中間解 — 中全音律とウェル・テンペラメント
作曲家・調律師たちは、 妥協点を探した:
- 中全音律(ミーントーン) — 長 3 度を美しく保つ代わりに 5 度を少し狭める。 ルネサンス〜バロックの鍵盤で広く使われたが、 やはり遠い調は破綻(「ウルフ 5 度」という酷く濁る音程が生じる)
- ウェル・テンペラメント(well temperament) — ヴェルクマイスターらが工夫。 全ての調を演奏可能にしつつ、 調ごとに少しずつ違う「性格」を残す。 「明るいニ長調」「暗い変ホ短調」といった調性格(key character) はこの不均等な調律から生まれた
バッハ『平均律クラヴィーア曲集』の象徴
J.S. バッハの『平均律クラヴィーア曲集』(第 1 巻 1722 — ラモー『和声論』と同年! / 第 2 巻 1742)は、 全 24 調(長短 12 ずつ)で前奏曲とフーガを書いた記念碑的作品。
- 「どの調でも演奏できる調律」の可能性を高らかに宣言した
- ただし原題 “Das wohltemperierte Clavier” の “wohltemperiert” は、 現代の 12 等分平均律ではなく、 むしろウェル・テンペラメントを指すという説が有力(バッハの意図した具体的調律法は今も議論がある)
- いずれにせよ「全調を制覇する」という思想の象徴として、 音律史の金字塔
12 等分平均律 — 「均等に薄める」決断
最終的に近代が選んだのは 12 等分平均律(equal temperament):
- ピタゴラスのコンマ(閉じないズレ)を、 12 の半音すべてに均等に薄く配分する
- どの調も完全に等価になり、 転調が自由自在に
- 代償: オクターブ以外の全ての音程が、 純正から僅かにズレる(特に 3 度がやや濁る)
これは「どの調も少しずつ不純だが、 どの調も同じように演奏できる」という民主的な妥協だった。 「一つの調の純粋さ」を捨て、 「全調の平等な自由」を取った歴史的決断。 19-20 世紀に完全に標準化し、 現代のピアノ・電子楽器はほぼ全て 12 等分平均律である。
何が得られ、何が失われたか
| 純正律 | 12 等分平均律 | |
|---|---|---|
| 響きの純度 | ◎(完璧に溶ける) | △(僅かに濁る) |
| 転調・全調演奏 | ×(濁る) | ◎(自由) |
| 調性格(調ごとの色) | あり | 消失(全調が等価に) |
平均律で「ハ長調は純朴、 変ニ長調は甘美」といった調ごとの固有の性格が失われた、 と嘆く音楽家は今もいる。 一方で、 平均律なくして自由な転調(ロマン派・ジャズ)は不可能だった。 得たものと失ったものが明確なトレードオフ —— 音律問題は「正解のない選択」の見本である。
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音律 — 純正律と平均律の永遠のトレードオフを辿った。 全調演奏の基盤が整い、 19 世紀に和声理論は成熟期を迎える。 次記事では リーマンが和音を T/S/D の 3 機能に還元する機能和声理論を完成させ、 ヘルムホルツが協和・不協和を**物理(音響学)**で説明した —— 「数理 vs 聴覚」の縦糸が科学として再統合される時代に迫る。