ルネサンスとザルリーノ — 三和音と対位法

ルネサンスの音楽理論。 ジョゼッフォ・ザルリーノが『Le istitutioni harmoniche』(1558) で純正律を理論化し、長三和音・短三和音を明確に区別、対位法の規則を体系化した。 まだ「和音の進行」ではなく、複数の旋律を美しく重ねる対位法が理論の中心。 パレストリーナ様式の基礎となった時代を辿る。

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「縦」への視線が生まれる

中世の記譜革命(第 2 記事)で多声音楽が花開いた。 ルネサンスになると、 複数の声部が**同時に鳴らす響き(縦の和音)**への関心が高まる。 とはいえ、 まだ「和音が進行する」という発想(第 4 記事のラモー)には至らない。 この時代の理論の中心は依然として 対位法 —— 複数の旋律線(横)を美しく織り合わせる技法だった。

その集大成を成したのが ザルリーノである。

ザルリーノ — ルネサンス理論の頂点

ジョゼッフォ・ザルリーノ (Gioseffo Zarlino、 1517-1590) は、 ヴェネツィア・サン・マルコ大聖堂の楽長を務めた理論家・作曲家。 主著『Le istitutioni harmoniche(和声教程)』(1558) は、 ルネサンス音楽理論の到達点とされる。

純正律の理論化

ピタゴラス音律(第 1 記事)は 5 度(3:2)を基礎にしたが、 3 度の響きが濁るという弱点があった。 ザルリーノは 純正律(just intonation) を理論化し、 長 3 度を 5:4、 短 3 度を 6:5 という単純な比で扱えるようにした。 これで 3 度・6 度を含む和音が「純粋に」響く。 —— ただし純正律は転調に弱い(第 5 記事の音律問題へ)。

長三和音と短三和音の区別

ザルリーノは 長三和音(明るい)と短三和音(暗い)を理論的に明確に区別した。 「同じ 3 つの音の重なりでも、 3 度が長いか短いかで感情の色が違う」—— この把握は、 後の長調・短調の二元論(第 4-6 記事)の遠い出発点になる。 数比(ハーモニア)に「明暗」という質的意味を与えた点が新しい。

対位法の体系化

ザルリーノは 対位法(counterpoint)の規則を体系化した。 対位法とは、 複数の独立した旋律線を、 協和・不協和のルールに従って同時に響かせる技法:

  • 協和音程(3 度・5 度・6 度・8 度)で進むのを基本とし、
  • 不協和音程(2 度・7 度・増減音程)は「経過音」「掛留」など限られた形でのみ許す
  • 声部が並行 5 度・並行 8 度で動くのを禁じる(独立性を保つため)

これらの規則は、 弟子筋を通じて パレストリーナ様式(16 世紀教会音楽の理想とされる清澄な多声)の基礎になった。 後世、 対位法は「種目対位法(species counterpoint)」として教育法にまとめられ(フックスの『グラドゥス・アド・パルナッスム』1725)、 モーツァルトやベートーヴェンもこれで学ぶ。 対位法の規則は、 数世紀にわたる作曲教育の背骨になった。

「横」の理論としての限界と豊かさ

ルネサンス理論は 旋律線(横)中心である:

  • 音楽は「複数の声部が絡み合う織物」として捉えられる
  • 各瞬間の縦の響きは、 横の線が交差した「結果」であって、 それ自体が進行の主語ではない

この見方は、 バロックのラモー(第 4 記事)が「和音こそが進行の主語だ」と転換するまで続く。 だが「横の理論」は決して劣ったものではない —— バッハのフーガに極まる対位法の精緻さは、 和声理論とは別の美学の頂点であり、 現代の作曲教育でも和声と並ぶ二本柱であり続けている。

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ルネサンス — ザルリーノの純正律・三和音の区別・対位法の体系化を辿った。 音楽はまだ「横の線」を主語にしていた。 次記事では、 バロックの ラモーが 1722 年に『和声論』を著し、 「和音が根音を持ち、 進行する」という縦の論理を初めて理論化する —— 音楽理論史最大の転換点に迫る。

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