調性の解体 — シェーンベルクと十二音技法

20 世紀初頭、調性が解体される。 ワーグナーの半音階が「調性の重力」を弱め、シェーンベルクは無調へ、さらに十二音技法(12 の音を平等に扱い、音列で作曲を規定する)へ到達した。 ベルク・ウェーベルンの新ウィーン楽派。 「記述する理論」から「規定する理論」へ、作曲を先に定義する構成主義の誕生を辿る。

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調性の重力が消える

第 4-6 記事で見た機能和声は、 「トニックへ帰りたがる力(調性の重力)」を前提にしていた。 だが 19 世紀末、 ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』の半音階和声が、 その重力を極限まで引き伸ばした。 「どの調にいるのか分からない」瞬間が増え、 トニックという中心が溶けていく

20 世紀初頭、 アルノルト・シェーンベルク (Arnold Schoenberg、 1874-1951) はついに一線を越える —— 調性(tonality)そのものの否定へ。 音楽理論史で、 2500 年前提だった「協和・中心・帰着」の枠組みが初めて捨てられる瞬間である。

無調(atonality)へ

シェーンベルクは 1908 年頃、 無調(atonality) の作品を書き始める:

  • トニックも機能もない
  • どの音も他の音より「重要」でない
  • 従来の協和・不協和のヒエラルキーを解体

だが無調には問題があった。 中心も規則もないと、 何を基準に音を選び、 曲を構成すればよいのか。 「自由」は同時に「拠り所の喪失」でもあった。 シェーンベルク自身、 無調の初期作品を「直感頼り」で書いていた。

十二音技法 — 新しい構成原理

この問題への回答が、 1920 年代に確立した 十二音技法(dodecaphony / twelve-tone technique):

  • 12 の半音すべてを 1 回ずつ使う順列(音列 / tone row / Reihe) を、 曲ごとに一つ定める
  • 音列が尽きるまで、 どの音も再登場させない → 12 音が完全に平等(どれも中心にならない)
  • 音列は 4 つの形で変形使用できる: 原形(P)/ 逆行(R、 逆から)/ 反行(I、 上下反転)/ 逆行反行(RI)、 さらに 12 の移高

つまり「調性の重力」の代わりに、 音列という人工的な規則が曲を組織する。 中心のない音楽に、 数学的な秩序を与えたのである。

「記述」から「規定」への転換

十二音技法は、 音楽理論史の性格を大きく変えた(overview の「発見 vs 規定」):

それまでの理論(〜シェンカー) 十二音技法
理論の役割 既存の名曲を後から記述・分析 作曲を先に規定する
規則の由来 実践から抽出 作曲家が発明する

ラモーやリーマンの理論は「名曲がなぜ美しいか」を後から説明した(記述的)。 十二音技法は「これから書く曲はこの規則に従う」と先に決める(規定的・構成的)。 理論が音楽の後追いでなく、 音楽を生成する設計図になった —— これは 20 世紀の大きな転換。

新ウィーン楽派

シェーンベルクと 2 人の弟子で 新ウィーン楽派(Second Viennese School) を成す:

  • アルバン・ベルク (1885-1935) — 十二音技法を抒情的に用いた。 ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出に」は、 音列にバッハのコラールや調的な響きを忍ばせ、 無調と調性が交錯する(現代音楽で最も愛される作品の一つ)
  • アントン・ウェーベルン (1883-1945) — 極度に凝縮・簡潔。 音の点描のようなミニマルな十二音。 戦後のトータル・セリエリズム(音高だけでなくリズム・強弱も系列化)に影響

シェーンベルクの厳格、 ベルクの抒情、 ウェーベルンの凝縮 —— 一つの技法から三様の美学が生まれた。

その後 — 拒絶と遺産

十二音・無調は「難解で聴きにくい」として一般聴衆には広く愛されなかった。 だが:

  • 20 世紀の芸術音楽(現代音楽)の主要な語法になった
  • 映画音楽の緊張・不安の表現に応用された
  • 「調性は絶対でなく、 一つの選択肢にすぎない」という認識を残した

同時に、 メシアン(移調の限られた旋法・非可逆リズム)ら、 十二音とは別の「調性後」の道も並行して探られた。 「調性の後、 音楽はどう秩序を持てるか」という問い自体が、 20 世紀理論の中心テーマになった。

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シェーンベルクは調性を捨て、 音列という人工秩序を導入した。 この「音楽を数学的に組織する」流れは、 戦後さらに徹底される。 次記事では 集合論(pitch-class set theory) —— アレン・フォートらが無調音楽を集合・群論で分析し、 音楽理論が本格的に数学化した到達点に迫る。

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