集合論と 20 世紀の数学化 — 音楽を数学で分析する

無調音楽を分析する道具として、音楽理論は本格的に数学化した。 ミルトン・バビットとアレン・フォートによる集合論(pitch-class set theory)。 音を 0-11 の数で表し、和音を「音類集合」として扱い、群論の操作(移高・反転)で関係を分析する。 調性の重力を失った音楽に、数学が新しい秩序と分析法を与えた到達点を辿る。

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無調をどう分析するか

シェーンベルク(第 8 記事)が調性を捨てた後、 理論家は新たな難問に直面した —— 調性のない音楽を、 どう分析すればよいのか。 機能和声(T/S/D)もシェンカー分析(Ursatz)も、 調性を前提にしているので使えない。 無調音楽には「主音」も「和音の機能」もない。

回答は、 音楽史上最も数学的な理論だった —— 集合論(pitch-class set theory / musical set theory)。 ピタゴラス(第 1 記事)が音楽を「数」で捉えて 2500 年、 理論はついに本格的に数学の言語で書かれる。

音を数で表す — 音類(pitch class)

集合論の出発点は、 音を 0〜11 の数で表すこと:

  • C=0, C♯=1, D=2, …, B=11(半音ごとに 0-11)
  • オクターブ違いは同一視する(どのオクターブの C も「0」)→ これを 音類(pitch class) と呼ぶ
  • 「異名同音(C♯ と D♭)」も同一視(平均律だから等価、 第 5 記事)

こうすると、 和音や音のまとまりは 数の集合になる。 例えば C-E-G(ハ長調の主和音)は {0, 4, 7}、 半音 3 つの塊は {0, 1, 2}。 和音を「音類集合(pitch-class set)」として扱うのが集合論の核心。

群論の操作 — 移高と反転

集合論は、 集合同士の関係を 群論的な操作で捉える:

  • 移高(transposition, Tn) — 全ての音に同じ数を足す(=平行移動 / 移調)。 {0,4,7} に +2 で {2,6,9}
  • 反転(inversion, TnI) — 音を上下反転する(12 から引く)
  • これらで移り合う集合を「同じ集合類(set class)」とみなす

フォルテ番号(Forte number) — アレン・フォート (Allen Forte) が全ての音類集合を分類し、 番号を付けた(例: 3-11 は長・短三和音の類)。 「この 2 つの和音は、 見た目は違うが同じ set class = 構造的に等価」といった分析が可能になる。 音楽の「形」を、 音名や調から切り離して、 **純粋な構造(集合の型)**として扱える。

ミルトン・バビット — 徹底した数学化

ミルトン・バビット (Milton Babbitt、 1916-2011) — 数学者出身の作曲家・理論家。 十二音技法をトータル・セリエリズム(音高だけでなく、 リズム・強弱・音色も系列で規定)へ徹底し、 音楽理論に**厳密な数学(群論・組合せ論)**を持ち込んだ。 「音楽理論は科学と同じ厳密さを持つべきだ」という立場を象徴する。

何が得られたか — そして限界

集合論の意義と限界:

得られたもの:

  • 調性を前提としない 普遍的な分析言語 —— 無調・十二音・実験音楽を客観的に記述できる
  • 音楽の構造を「音名・調」から解放し、 抽象的な型として扱う視点
  • 分析の再現性・客観性(誰がやっても同じ集合類に行き着く)

限界・批判:

  • 聴取との乖離 —— 「集合類が同じ」でも、 耳には全く違って聞こえることがある。 数理 vs 聴覚(第 1 記事の縦糸)の対立が、 ここで再燃する
  • 調性音楽には過剰 —— 機能和声で説明できる曲に集合論を使う必要は薄い
  • 「分析のための分析」に陥りやすい(曲の魅力の説明にならない、 という批判)

集合論は「音楽理論はどこまで数学になれるか」の一つの極限を示した。 ピタゴラス以来の「数理」の系譜の最も先鋭な到達点であり、 同時に「耳で聞こえるものと理論の乖離」という古い問いを最も鋭く突きつけた理論でもある。

民族音楽学 — 「西洋理論は普遍でない」

20 世紀のもう一つの重要な動きが 民族音楽学(ethnomusicology) の発展。 世界中の音楽を実地調査・録音し、 研究する学問。 これがもたらした認識は理論史にとって決定的だった:

西洋の音楽理論(機能和声・平均律・五線譜)は、 普遍的な真理でなく、 一つのローカルな文化的体系にすぎない。

インドのラーガ、 アラブのマカーム、 インドネシアのガムランは、 それぞれ独自の精緻な理論体系を持つ(第 10 記事で詳述)。 「音楽理論 = 西洋和声」という無自覚な前提が、 相対化された。 集合論が「西洋理論を極限まで抽象化」する一方で、 民族音楽学は「西洋理論を一例に格下げ」した —— 20 世紀理論の二つの対照的なベクトル。

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集合論で西洋理論の数学化が極まり、 民族音楽学が西洋理論を相対化した。 次記事では、 その相対化の先を見る —— 非西洋の音楽理論。 インドのラーガ、 アラブのマカーム、 中国の十二律、 日本の律呂、 インドネシアのガムラン。 西洋とは全く違う「音の秩序」の捉え方に迫る。

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