非西洋の音楽理論 — ラーガ・マカーム・律呂
音楽理論は西洋の専売特許ではない。 インドのラーガとシュルティ(22 微分音)、アラブのマカームと四分音、中国の十二律と五声音階、日本の律呂と都節音階、インドネシアのガムランの非オクターブ等分音律。 西洋が「和声・機能・全調」へ向かったのに対し、多くの非西洋理論は「旋律型・微分音・即興」を精緻化した。 音の秩序の多様な捉え方を辿る。
「音楽理論 = 西洋和声」ではない
前記事の民族音楽学が突きつけた事実 —— 西洋の音楽理論は、 普遍でなく一つのローカルな体系にすぎない。 第 1 記事で見たように、 古代から中国・インドは独立した理論を持っていた。 そして西洋が「和声・機能・全調・平均律」へ向かった一方で、 多くの非西洋文化は全く別の方向に音の秩序を精緻化した —— 旋律型・微分音・即興・音色。
この記事では、 世界の主要な音楽理論体系を概観し、 「音の秩序の捉え方は一つではない」ことを見る。
インド — ラーガとシュルティ
インド古典音楽(北のヒンドゥスターニー、 南のカルナータカ)の理論は極めて精緻:
- シュルティ(śruti) — 1 オクターブを 22 の微分音に分割(西洋の 12 半音より細かい)。 「音と音の間」に西洋にない中間音がある
- ラーガ(rāga) — 単なる音階でなく、 旋律の型・振る舞いのルール。 上行・下行で使う音が違ったり、 強調音・装飾のパターン・情緒(rasa)・演奏する時間帯や季節まで規定される
- ターラ(tāla) — 精緻なリズム周期の理論(複雑な拍節の循環)
西洋が「縦(和声)」を発達させたのに対し、 インドは横(旋律と即興)と微分音を極限まで精緻化した。 和声(複数音の同時進行)はほとんど発達せず、 代わりにドローン(持続音)の上で 1 本の旋律が無限に展開する。
アラブ・中東 — マカーム
アラブ・トルコ・ペルシアの音楽理論の中心が マカーム(maqām):
- 四分音(quarter tone)を含む音律 —— 1 オクターブを(体系により)24 に分ける。 西洋の平均律にない「4 分の 3 音」などの音程
- マカームは、 ラーガと同様に旋法的な旋律型 + 即興のルール
- 中世アラブの理論家(アル=ファーラービー、 サフィー・アッディーン)は、 ギリシャ理論を継承・発展させ、 精密な音律論を残した(西洋がボエティウス経由で受け取ったギリシャ理論の、 もう一つの継承ルート)
中国 — 十二律と五声音階
中国の理論(第 1 記事の続き):
- 三分損益法 で 十二律(12 の基準音)を導く —— 原理はピタゴラス音律と本質同じ(弦を 2/3・4/3 する)
- 五声音階(宮・商・角・徴・羽) —— ペンタトニック(5 音)が基本
- 音律を 天文・暦・度量衡・政治と結びつけた(「正しい律 = 正しい統治」という思想)。 王朝交代のたびに基準音(黄鐘)が見直された
音楽理論が宇宙論・国家統治と一体だった点が、 西洋(数学の一科)ともまた違う独自性。
日本 — 律呂と音階
日本の伝統音楽の理論:
- 律・呂 —— 中国から伝来した雅楽の音組織
- 都節音階(みやこぶし) と 民謡音階 —— 日本独自の 5 音音階。 都節は半音を含み「和風」の情緒を生む(演歌・唱歌の基盤)
- 「間(ま)」の美学 —— 音そのものより、 音と音の沈黙・余韻を重視する感性
インドネシア — ガムランの非等分音律
ジャワ・バリのガムラン(青銅打楽器のアンサンブル)の音律は、 西洋の常識を覆す:
- スレンドロ(5 音)と ペロッグ(7 音) の 2 大音組織
- オクターブを均等に割らない —— 楽器セット(ガムラン)ごとに微妙に音律が違い、 「絶対的な正しい音高」が存在しない
- 西洋の「標準ピッチ(A=440)」のような普遍基準がなく、 各アンサンブルが固有の響きを持つ
「音律は普遍でなく、 楽器群ごとの個性」という発想は、 西洋の平均律(全て等価)と真逆。 ドビュッシーら西洋作曲家が万博でガムランに触れ、 衝撃を受けたのは有名。
西洋 vs 非西洋 — 発達方向の対比
| 文化 | 音律 | 発達させた軸 |
|---|---|---|
| 西洋 | 12 平均律(全調等価) | 和声・機能・転調(縦) |
| インド | 22 シュルティ(微分音) | 旋律型・即興・リズム周期(横) |
| アラブ | 24 分割(四分音) | 旋法的即興・微分音 |
| 中国 | 十二律・五声 | 宇宙論・統治との結合 |
| インドネシア | 非等分(楽器ごと) | 音色・アンサンブル固有の響き |
西洋理論が「複数の音を縦に重ねて進行させる(和声)」ことに全力を注いだのは、 世界的に見ればむしろ例外的である。 多くの文化は「1 本の旋律をいかに豊かに歌い・即興するか」「微分音の機微」「音色と余韻」を精緻化した。 「音楽理論」に唯一の正解はない。
この記事から次の記事へ
非西洋理論を概観し、 音の秩序の捉え方の多様さを見た。 最終記事では現代へ戻る —— ジャズとポピュラー音楽の実践理論。 バークリー・メソッドのコードスケール理論、 王道進行、 ネオ・リーマン理論。 アカデミックな理論とは別に、 **現場の演奏・即興を支える「使える理論」**が 20-21 世紀にどう育ったかに迫り、 このシリーズを締めくくる。