リスト — ピアノの魔術師、 リサイタルの発明
フランツ・リスト (1811-1886) は ハンガリー生まれ、 パリ・ヴァイマル・ローマの 三大都市を渡り歩いた 19 世紀最大の ピアニスト・作曲家。 パガニーニに 衝撃を受け、 「ピアノのパガニーニ」 を 目指した超絶技巧。 [ハンガリー狂詩曲] [超絶技巧練習曲] [ロ短調ソナタ] [巡礼の年]、 交響詩の創始、 ワーグナーの義父、 晩年の 僧職 (アベ・リスト)。 「リサイタル (独奏演奏会)」 という 新形式を発明し、 現代ピアニストの 職業モデルを 作った。 ショパンの 「詩人」 と 対をなす 「魔術師」 の 生涯を辿る。
リスト — 「ピアノの 魔術師」
フランツ・リスト (Franz Liszt、 ハンガリー語 Liszt Ferenc、 1811-1886) は、 ハンガリー生まれ、 パリ・ヴァイマル・ローマで活動 した 作曲家・ピアニスト。 19 世紀最大の ピアニスト、 前記事 [ショパン] の 「詩人」 と 対をなす 「魔術師」 。
700 曲以上 の 作品を残し、 特に 超絶技巧のピアノ曲、 交響詩、 宗教音楽 で 大きな影響。 現代の 「ピアニスト職業モデル」 — リサイタル、 世界ツアー、 名手崇拝 — の 直接の発明者。
生涯 — 75 年、 波瀾万丈
- 1811 年 10 月 22 日 — ハンガリー・ライディング (現オーストリア領) で誕生。 父アダムは エステルハージ家の 会計士
- 1821-1823 — 12 歳、 ウィーンで チェルニー (ベートーヴェンの弟子) にピアノ、 サリエリに作曲 を学ぶ
- 1823 年 4 月 — ウィーン演奏会、 ベートーヴェンから 賞賛のキス (伝承)
- 1823-1835 — パリ生活。 若手ピアニストとして 成功
- 1832 年 — パガニーニ (ヴァイオリニスト) の演奏に衝撃、 「ピアノのパガニーニ」 を目指す
- 1835-1839 — マリー・ダグー伯爵夫人 と 駆け落ち、 スイス・イタリアで 「巡礼」
- 1839-1847 — 超絶技巧演奏家として ヨーロッパ大巡業、 「リストマニア」 現象
- 1848-1861 — ヴァイマル宮廷楽長、 交響詩の創始、 ワーグナー支援
- 1861-1869 — ローマ滞在、 宗教音楽に転向
- 1865 年 — 僧位 (下級聖職) を 受け、 「アベ・リスト (Abbé Liszt、 リスト神父)」
- 1869-1886 — ヴァイマル・ブダペスト・ローマの 三都市を 往復、 教育活動
- 1886 年 7 月 31 日 — バイロイトで肺炎により死去、 74 歳 (娘コジマの家、 ワーグナーの死の 3 年後)
パガニーニ・ショック — 1832 年
1832 年 3 月、 パリで ニコロ・パガニーニ (1782-1840、 イタリアのヴァイオリニスト) の 演奏会。 リストは 完全に打ちのめされ:
「ピアノで パガニーニになる」
と 決意。 それまでの 「サロン風の 優雅なピアノ」 を 捨て、 超絶技巧の 完成 を 目指す。
[パガニーニによる 超絶技巧練習曲] S.140 (1838)、 後の [パガニーニ大練習曲] S.141 (1851) — パガニーニのヴァイオリン曲を ピアノ用に編曲。 「ラ・カンパネッラ (鐘)」 は 最有名。
「リストマニア」 — 世界初の 音楽的アイドル現象
1839-1847 年、 リストは ヨーロッパ全土 (パリ、 ロンドン、 ウィーン、 ベルリン、 サンクトペテルブルク、 コンスタンティノープル) を 演奏旅行。 起きた 現象:
- 女性ファンが 熱狂、 リストのハンカチ・葉巻を 取り合う
- 演奏中、 失神する女性続出
- 詩人 ハインリヒ・ハイネ が 「リストマニア (Lisztomania)」 と 造語 (1844)
- ロシアでは 皇帝ニコライ 1 世が「リスト熱」を 皮肉に見た
「音楽的アイドル」 の 元祖。 21 世紀の K-pop・J-pop、 ロックスターの 直系祖先。
ケン・ラッセル監督 [リストマニア] (1975) — この 現象を モデルにした奇怪な映画。 ロジャー・ダルトリー (The Who) 主演。
「リサイタル」 の 発明 — 1839 年
1839 年、 ロンドン。 リストが 一人で 全プログラムを 弾く演奏会 を 「recital (リサイタル)」 と 名付ける。 それまでの 「複数演奏家による混合演奏会」 とは 別形式:
- 一人の演奏家、 一つの楽器
- プログラムは 全て 一人の 選曲
- 観客は 一人の 芸術に 集中
現代ピアニストの 職業形式 は、 リストが 発明。 ホロヴィッツ、 グールド、 ラン・ラン、 藤田真央 — 全員 リストの 発明の 恩恵。
リストの ピアノ音楽
超絶技巧練習曲 (S.139、 1852 完成版)
12 曲の 練習曲、 極めて 高度な技巧。 修正を重ねた 3 稿目 (マゼッパ、 鬼火、 荒野の 狩、 追憶、 幻影 など、 各曲に 題)。
世界のピアニストの 究極目標の一つ。 現代の演奏: フランソワ、 シフラ、 ベルマン、 キーシン、 藤田真央。
ハンガリー狂詩曲 (S.244、 1846-1885)
19 曲、 ハンガリー・ロマ音楽の要素を 取り入れた 華麗な作品。 第 2 番 嬰ハ短調 が 圧倒的に 有名 (アニメ [トムとジェリー] 「猫の演奏会」)。
- 遅いラッサン (lassan) + 速いフリシュカ (friska) の 2 部構成
- ロマ音楽への 誤解も 多い (“ジプシー音楽” ≠ ハンガリー民族音楽) が、 芸術的 効果は 絶大
ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178 (1853)
リストの ピアノ独奏曲の 最高峰。 単一楽章、 演奏時間 30 分、 前記事 [ベートーヴェン] の [ハンマークラヴィーア] と 並ぶ、 ロマン派ピアノ音楽の 頂点。
- 循環主題 — 一つの主題群を 変形して 全曲を統一
- 形式の 革新 — ソナタ・変奏・幻想曲の 融合
- ワーグナーの [トリスタン] (1859) と 同時代、 後期ロマン派の 予告
現代の名演: アルゲリッチ、 ソコロフ、 ツィメルマン、 キーシン、 内田光子。
[巡礼の年 (Années de pèlerinage)] S.160-163
3 集 (第 1 年スイス、 第 2 年イタリア、 第 3 年) + 追加分。 旅の 体験を 音楽化:
- [エステ荘の噴水] — 「印象派の 先駆」 と言われる 水の描写
- [ペトラルカのソネット 104] — 詩を 音楽化
- [オーベルマンの谷] — スイスの 深い風景
標題音楽・詩的作品
- [愛の夢 (Liebesträume)] S.541 (1850) — 3 曲、 第 3 番 変イ長調 が 世界的に有名
- [コンソレーション (Consolations)] S.172 — 6 曲、 慰めの音楽
- [ダンテを読んで — ソナタ風幻想曲] S.161-7
- [伝説 (Légendes)] S.175 — 「聖フランチェスコ、 波を歩む」 など 2 曲
編曲・パラフレーズ
リストは 編曲の天才。 バッハ、 ベートーヴェン、 シューベルト、 ヴェルディ、 ワーグナーを ピアノ用に 編曲:
- [ベートーヴェン 交響曲 全 9 曲のピアノ版] — 世界的な 挑戦作
- [シューベルト歌曲の編曲] — 「魔王」 「セレナーデ」 「アヴェ・マリア」
- [ヴェルディ・オペラのパラフレーズ] — [リゴレット]、 [トロヴァトーレ]
- [ワーグナー楽劇のパラフレーズ] — [タンホイザー序曲]、 [イゾルデの愛の死]
「ピアノ 1 台で オーケストラ全体を 再現する」 — 前記事 [overview] の 「小さなオーケストラ」 発想の 具現化。
女性関係 — マリーとカロリーヌ
リストの生涯には 2 人の 「妻」 (法的には 未婚):
マリー・ダグー伯爵夫人 (1805-1876)
- 1835 年 駆け落ち、 スイス・イタリアで 6 年
- 3 人の子: ブランディーヌ、 コジマ (後の ワーグナーの妻)、 ダニエル
- 1839-1844 破局
- 後に [ダニエル・ステルン] の 筆名で 女流作家として活動
カロリーヌ・ザイン=ヴィトゲンシュタイン侯妃 (1819-1887)
- 1847 年 キエフで 出会い、 リストと 生涯の パートナー
- 1848-1861 ヴァイマル時代を 共に
- カトリック教会が 離婚を 認めず、 結婚できず
- 1861 年 ローマで 結婚寸前で 教皇による 妨害、 破断
- 以降、 二人は 別居、 だが 精神的絆は 死まで
「音楽・宗教・恋愛」 の 三つ巴が、 リスト生涯の 主題。
ワーグナーとの 関係 — 娘コジマの 悲劇
リストの 娘 コジマ (Cosima、 1837-1930) は、 マリー・ダグーとの 次女。 ハンス・フォン・ビューロー (指揮者・リストの 弟子) と結婚 (1857) するが、 1863 年から ワーグナーと 関係、 1870 年に ワーグナーと 再婚。
リスト自身:
- ワーグナーの音楽を 早くから支援、 [タンホイザー] [ローエングリン] を ヴァイマルで 初演
- しかし 娘の 「不倫と 再婚」 には 激怒、 数年間 ワーグナーと 絶交
- 1872 年頃 和解、 死ぬまで 娘の 家 (ヴァーンフリート、 バイロイト) を 訪問
- 1886 年 7 月 31 日、 リストは ワーグナーの家で 死去
「音楽 vs 家族の 情念」 の ドラマ。 現代でも バイロイトを訪れると、 リストの 部屋・墓地が 見学できる。
ヴァイマル時代 — 交響詩の 創始
1848-1861 年、 ヴァイマル宮廷楽長 の 13 年。 リストは ピアニストを引退、 作曲・指揮・教育 に 専念。
交響詩 (Symphonic poem) の発明
単一楽章の 標題音楽。 リストが 12 曲作曲:
- [前奏曲 (Les Préludes)] S.97 — 最有名
- [タッソー (Tasso)] S.96
- [マゼッパ (Mazeppa)] S.100 — 同名のピアノ練習曲を オーケストラ化
- [ハムレット (Hamlet)] S.104
- [理想 (Die Ideale)] S.106 — シラーの詩
これが 後のリヒャルト・シュトラウス [ドン・ファン]・[死と変容]・[英雄の生涯] への 直接影響。
ヴァイマル時代の 教え子
- ハンス・フォン・ビューロー (1830-1894) — 娘コジマの 元夫、 指揮者・ピアニスト
- カール・タウジヒ (1841-1871) — 早世
- エミール・ザウアー (1862-1942) — 20 世紀まで 演奏
- カール・ラウフラウフ (1863-1946)
「新ドイツ楽派 (New German School)」 — リスト・ワーグナー派 vs ブラームス派 の 論争 (次記事 [シューマン・ブラームス] 参照)。
ローマ時代 — 「アベ・リスト」
1861-1869 年、 ローマ滞在。 カロリーヌとの 結婚破断後、 リストは カトリック信仰 へ:
- 1865 年 4 月 25 日 — ローマの サント・アルベルト・ロマーノ修道院で 剃髪、 下級聖職 を 受ける
- 「アベ・リスト (Abbé Liszt)」 と 呼ばれる
- 司祭聖別 までは 受けていない (結婚可能な 下級聖職のまま)
宗教音楽の傑作
- [聖エリザベートの伝説] S.2 (1857-1862) — オラトリオ
- [キリスト (Christus)] S.3 (1866-1872) — 巨大オラトリオ
- [葬送 (Funérailles)] S.173-7 — ピアノ独奏 (1849 年ハンガリー独立戦争敗北を 悼む)
- [灰色の雲 (Nuages gris)] S.199 (1881) — 晩年の 無調的な 前衛作
晩年の 前衛 — 20 世紀への 予告
1880 年代、 70 歳を超えたリストの音楽は 急速に前衛化:
- 調性の解体、 全音音階、 不協和音
- [灰色の雲]、 [悲しみのゴンドラ]、 [不吉な星] — 死や 幻視の 音楽
- ワーグナー・ドビュッシー・シェーンベルクへの 予告
「若い頃の 華麗な リスト」 と 「晩年の 内省的・前衛的な リスト」 の 対照。 現代の音楽学者は 晩年こそ リストの 真髄 と 評価。
教育活動 — 世界の ピアニストを 育成
リストは ヴァイマル・ローマ・ブダペスト で 若手ピアニストを 大量に 指導。 特に ヴァイマルの 「マスタークラス」 は 世界初の 現代的マスタークラス 形式:
- 無料、 才能ある学生を 世界から
- 公開レッスン — 他の学生の前で 演奏・指導
- リスト自身が 模範演奏
「ピアニスト育成の 現代的方法」 の 原型。 リストの 弟子 → その弟子 → その弟子 と つながる 「リスト系譜」 は 20 世紀の 主要ピアニストの 大半に 及ぶ。
「三大コンサート」 — リストが 世界に
リストの 演奏活動の 3 都市:
- パリ (1823-1835、 1839-1841 頃) — サロン、 リサイタル、 発明の時代
- ヴァイマル (1848-1861) — 作曲、 指揮、 交響詩
- ローマ (1861-1869) — 宗教音楽、 内省
これに ハンガリー (故郷) も加え 「4 つの リスト」 の 顔。
ピアノ製造との 関係 — エラール、 ベーゼンドルファー
リストは エラール (仏) と ベーゼンドルファー (墺) を 主に使用:
- エラール — ダブル・レピティション機構 (前々記事 [鍵盤楽器の進化] 参照)、 高速連打が可能
- ベーゼンドルファー — ウィーンの メーカー、 深い響き、 リストの 死の際に 側にあった
「エラールで 華麗な演奏、 ベーゼンドルファーで 深い音」 — リスト自身の 使い分け。
ハンガリー人としての リスト
- ハンガリー人だが 母語はドイツ語 (ハンガリー語は 少ししか話せなかった)
- 「フェレンツ・リスト (Liszt Ferenc)」 は ハンガリー語表記、 「フランツ・リスト (Franz Liszt)」 は ドイツ語表記
- ハンガリー国民の 国民的英雄、 ブダペストのリスト音楽院 (1875 創設、 リスト初代総裁)
- ハンガリー500 フォリント紙幣に 肖像
前シリーズ [数学の系譜] の エルデシュ (ハンガリー系数学者) と 並ぶ、 ハンガリー文化の 巨匠。
現代への 影響
演奏家職業モデル
- リサイタル の 発明
- 世界ツアー の 元祖
- マスタークラス 教育
- ピアニスト崇拝 (リストマニア) の 21 世紀版
作曲上の 影響
- 交響詩 → R. シュトラウス、 スメタナ、 シベリウス
- 主題変形 (thematic transformation) → ワーグナー、 マーラー
- 超絶技巧 → ラフマニノフ、 スクリャービン、 リゲティ
リスト・ピアニストの 系譜
- フェルッチョ・ブゾーニ (1866-1924) — リストの再解釈
- ラザール・ベルマン (1930-2005) — ソ連の リスト解釈者
- ジョルジュ・シフラ (1921-1994) — ハンガリー、 [ハンガリー狂詩曲] の 名手
- クラウディオ・アラウ (1903-1991) — 深い リスト
- アルフレッド・ブレンデル (1931-) — 知的リスト
- キーシン (1971-)、 ラン・ラン (1982-)、 ユジャ・ワン (1987-)、 藤田真央 (1998-) — 現代の名手
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リストの 華麗な生涯を辿った。 次記事では、 シューマン と ブラームス (1833-1897) — ドイツ・ロマン派の 内省 に入る。 ロマン派の中で リスト・ワーグナー派 と 対立した ブラームス派 の 音楽観、 クララ・シューマンとの 生涯の 友情、 [ピアノ協奏曲 1 番・2 番]、 [ハンガリー舞曲]、 [間奏曲集] の 音楽性。 「華麗の リスト」 と 「熟慮の ブラームス」 の 対比を辿る。