シューマン・ブラームス — ドイツ・ロマン派の 内省
ロベルト・シューマン (1810-1856) は [子供の情景] [クライスレリアーナ] [ダヴィッド同盟舞曲集] で 詩的・文学的なピアノ音楽を確立、 46 歳で 精神病死。 妻クララ・シューマン (1819-1896) は 19 世紀最大の 女性ピアニスト。 ヨハネス・ブラームス (1833-1897) は クララを 生涯支え、 [ピアノ協奏曲 1 番・2 番]、 [パガニーニ変奏曲]、 [ヘンデル変奏曲]、 晩年の [間奏曲集 Op. 116-119] で 古典的伝統を 継承し、 内省的な深奥を追求。 リスト・ショパンの 華麗さと 対照的な、 ドイツ・ロマン派の ピアノ音楽を辿る。
ドイツ・ロマン派の 内省
前記事 [ショパン] の パリ・サロン、 [リスト] の 華麗な超絶技巧 と 対照的な、 ドイツ・ロマン派の ピアノ音楽:
- ロベルト・シューマン (1810-1856) — 詩的・文学的、 精神病、 46 歳早世
- クララ・シューマン (1819-1896) — 19 世紀最大の 女性ピアニスト、 ロベルトの 妻
- ヨハネス・ブラームス (1833-1897) — 古典的伝統の 継承、 クララの 生涯の 友
シューマン夫妻とブラームス の 3 人は、 19 世紀ドイツ・ロマン派の 中心的な 三角関係 を 形成した。
ロベルト・シューマン — 詩人・批評家・作曲家
ロベルト・アレクサンダー・シューマン (Robert Alexander Schumann、 1810-1856) は、 前シリーズ [西洋音楽の系譜] の 05 ロマン派前期 で 全ジャンル網羅で 詳述。 ここでは ピアノ音楽 に焦点。
3 つの顔
- 詩人・小説家志望 — 父は書籍商、 若い頃は 文学を志す
- 音楽批評家 — 1834 年 [新音楽時報] 創刊、 ショパン・ブラームスを 世に出す
- 作曲家 — 前半生 ピアノ、 後半生 全ジャンル
手指の 故障
若きシューマンは ヴィルトゥオーゾ・ピアニスト を目指したが、 1830 年代初頭に 右手中指を故障 (指を鍛えるための 道具、 あるいは 梅毒治療の水銀の副作用と 諸説)。 ピアニストの道を 断念、 作曲・批評へ 転向。
「弾けなくなった ピアニストが、 弾けない曲を 書く」 — シューマン・ピアノ音楽の 一つの 特徴。 指の独立性を 要する 難曲が 多い。
シューマンの ピアノ作品 — 詩的・文学的
シューマンの ピアノ音楽は 1830 年代の 20 代 に集中。 生涯 Op. 1-Op. 133 中、 Op. 1-28 (前半) が ほぼ すべて ピアノ。
[ダヴィッド同盟舞曲集 (Davidsbündlertänze)] Op. 6 (1837)
18 曲、 シューマンの 「架空の 音楽サークル」 (ダヴィッド同盟) の メンバー各人を 描写。 フロレスタンと オイゼビウス の 二面性 (前シリーズ [西洋音楽の系譜] 05 参照)。
[謝肉祭 (Carnaval)] Op. 9 (1834-1835)
20 曲の 性格的小品。 A-S-C-H (ドイツ音名で 「アシュ」) の 4 音を 主題として 全曲を統一。 「アシュ (Asch)」 は 当時の 恋人 エルネスティーヌ・フォン・フリッケンの 出身地。
- [ショパン]、 [パガニーニ] の音楽的肖像
- [エウゼビウス、 フロレスタン] の 自画像
- [終曲: ダヴィッド同盟員の 俗物への 行進]
世界のピアニストの 標準レパートリー。
[子供の情景 (Kinderszenen)] Op. 15 (1838)
13 曲、 「大人が 子供時代を 回想する」 音楽:
- [見知らぬ国と人々] — 第 1 曲
- [トロイメライ (Träumerei、 夢)] — 第 7 曲、 世界一有名なシューマン曲
- [炉ばたにて]、 [木馬の騎士]、 [就寝時のこどもの祈り]、 [詩人は語る]
「子供のための 音楽」 ではなく、 「大人が 見た 子供の世界」 。 深い ノスタルジー。
[クライスレリアーナ (Kreisleriana)] Op. 16 (1838)
8 曲、 E.T.A. ホフマンの音楽小説 [クライスラー楽長] に 触発された 幻想曲集。 シューマンの 狂気の芸術家 への 共感。 プログラム音楽の 傑作。
[幻想曲 ハ長調] Op. 17 (1836)
巨大な 3 楽章のピアノ幻想曲。 クララへの ラブレター、 ベートーヴェンへの 献辞、 ソナタと幻想の融合。 シューマン最大の ピアノ独奏曲。
[交響的練習曲] Op. 13 (1834-1837)
主題 + 変奏、 12 の変奏 + 遺作 5 変奏。 華麗な 演奏効果、 リスト的とも。
その他
- [アベッグ変奏曲] Op. 1 (1830) — デビュー作、 「アベッグ (A-B-E-G-G)」 音名
- [パピヨン] Op. 2 (1831) — 12 曲
- [トッカータ] Op. 7 (1832) — 極めて 困難な 練習曲
- [アラベスク] Op. 18 (1839) — 短い 傑作
- [花の曲] Op. 19 (1839)
- [フモレスケ] Op. 20 (1839)
- [ノヴェレッテン] Op. 21 (1838) — 8 曲
- [3 つのロマンス] Op. 28 (1839)
ピアノ協奏曲 イ短調 Op. 54 (1841-1845)
シューマンの 唯一の完成した ピアノ協奏曲、 妻クララに献呈。 3 大ロマン派ピアノ協奏曲 (グリーグ、 シューマン、 チャイコフスキー) の一つ。
- クララが 頻繁に演奏、 世に広めた
- 3 楽章の 循環主題構造
- 現代でも 頻繁上演、 CD 録音多数
歌曲の年 — 1840 年
1840 年、 クララとの 結婚 で ピアノから 歌曲へ 転換。 138 曲の歌曲:
- [詩人の恋 (Dichterliebe)] Op. 48 — ハイネの詩、 16 曲
- [女の愛と生涯 (Frauenliebe und -leben)] Op. 42 — 8 曲
- [リーダークライス Op. 39] — アイヒェンドルフの詩
これらは ピアノ伴奏付き 歌曲、 ピアノパートが 極めて 重要 (シューマンの 得意分野)。 現代の 歌手・ピアニストの 標準レパートリー。
クララ・シューマン — 19 世紀最大の 女性ピアニスト
クララ・ヨゼフィーネ・ヴィーク・シューマン (Clara Josephine Wieck-Schumann、 1819-1896) は、 ライプツィヒ生まれの 女性ピアニスト・作曲家。 19 世紀最大の 女性演奏家、 前シリーズ [西洋音楽の系譜] 05 の ファニー・メンデルスゾーン と 並ぶ 女性音楽家の 象徴。
生涯
- 1819 年 9 月 13 日 — ライプツィヒで 誕生。 父フリードリヒ・ヴィークは 著名なピアノ教師
- 9 歳 — ライプツィヒで 公開デビュー
- 11 歳 — ヨーロッパ演奏旅行 開始
- 1840 年 9 月 12 日 — 父の 激しい反対を 裁判で 押し切り、 ロベルト・シューマンと結婚
- 1840-1854 — 8 人の子 を産みつつ、 演奏活動 継続
- 1854 年 2 月 — ロベルトの 自殺未遂・入院
- 1856 年 7 月 — ロベルト死去、 クララ 37 歳、 7 人の子
- 1856-1896 — 40 年間、 未亡人。 演奏活動、 ロベルト作品の 普及、 教育
- 1878 年 — フランクフルト・ホーホ音楽院 教授
- 1896 年 5 月 20 日 — フランクフルトで 死去、 76 歳。 ボン共同墓地 で ロベルトの 隣
演奏活動
クララは 61 年間 (1830-1891) の 演奏活動、 ヨーロッパ全土。 リストと 並ぶ 19 世紀の ヴィルトゥオーゾ。
- 暗譜演奏 の 慣習を 定着 (それまで 楽譜見て 弾く 主流)
- プログラムに ベートーヴェン後期ソナタ を 大々的に 導入
- バッハ、 モーツァルト、 ベートーヴェン、 シューマン、 ショパン、 メンデルスゾーン、 ブラームス を レパートリーに
作曲家として
クララ自身も 作曲:
- ピアノ協奏曲 イ短調 Op. 7 (1836) — 16 歳
- ピアノ・トリオ ト短調 Op. 17 (1846)
- 多数の ピアノ小品、 歌曲
しかし 「女性が 作曲することは 適切でない」 の 社会規範で、 徐々に 作曲を 減らす。 現代の 女性音楽家の 「見えない先駆者」。
ロベルト+クララ+ブラームス — 三角関係
1853 年 9 月、 20 歳のブラームス が シューマン夫妻を訪問。 ロベルトが 音楽新聞に [新しい道 (Neue Bahnen)] を発表:
「ここに 一つの 楽園が 現れた… 若きヨハネス・ブラームスは、 ゼウスの頭から 完全武装で 生まれた ミネルヴァのように、 我々の前に 現れた」
これで 無名の 20 歳が 世界的注目 を 集める。 ロベルトが ブラームスの 恩人。
1854 年以降 — ロベルトの 精神病
- 1854 年 2 月 27 日、 ロベルトが ライン川に投身自殺 未遂
- エンデニヒ精神病院 に 入院、 クララは 一度も 面会しない (医師の勧告)
- ブラームスは 頻繁に 面会、 クララと 家族を 支える
- 1856 年 7 月 29 日、 ロベルト死去。 クララは 最期に 面会
ブラームスとクララの 40 年
ロベルト死後、 クララ (37 歳)、 ブラームス (23 歳) の 14 歳差。 手紙が 多数 残り、 深い 感情的絆。 だが プラトニックな 友情 で 生涯 継続 (現代の研究者の 定説)。
ブラームスは 生涯 独身、 クララを ミューズ として 音楽を 書き続ける。
1896 年 5 月 20 日 クララ死去。 ブラームスは 葬儀に 駆けつけようとして 汽車を 間違え、 葬儀に 間に合わなかった。 11 ヶ月後、 1897 年 4 月 3 日 ブラームスも 死去。
ヨハネス・ブラームス — 古典的伝統
ヨハネス・ブラームス (Johannes Brahms、 1833-1897) は、 ハンブルク生まれ、 ウィーンで活動。 前シリーズ [西洋音楽の系譜] 06 で 全ジャンル網羅で 詳述。 ここでは ピアノ音楽 に焦点。
3 期区分の ピアノ音楽
初期 (1852-1860) — 大規模・情熱的:
- [ピアノ・ソナタ ハ長調 Op. 1] (1853) — シューマンに 提示、 「デビュー作」
- [ピアノ・ソナタ 嬰ヘ短調 Op. 2] (1852)
- [ピアノ・ソナタ ヘ短調 Op. 5] (1853) — 5 楽章、 「巨大」、 若きブラームスの 頂点
- [スケルツォ 変ホ短調 Op. 4] (1851)
中期 (1861-1879) — 円熟、 変奏曲:
- [ヘンデル変奏曲 Op. 24] (1861) — 主題 + 25 変奏 + フーガ
- [パガニーニ変奏曲 Op. 35] (1863) — 超絶技巧、 リスト的
- [8 つの小品 Op. 76] (1878) — 詩的な小品集
後期 (1892-1893) — 内省的 小品:
- [7 つの幻想曲 Op. 116] (1892)
- [3 つの間奏曲 Op. 117] (1892) — 「私の悲しみの子守歌」
- [6 つの小品 Op. 118] (1893) — 有名な 間奏曲 イ長調 (第 2 曲)
- [4 つの小品 Op. 119] (1893)
晩年の 間奏曲 (Intermezzo)
Op. 116-119 の 20 曲は、 ブラームスの 音楽の遺言。 短く、 深く、 内省的。 クララへの 献辞 の 曲多数。
「これらの曲は、 私が 自分自身に 語りかける 独白だ」 — ブラームス自身。
現代の 名演: バックハウス、 ケンプ、 ゼルキン、 ブレンデル、 内田光子、 藤田真央。
2 つのピアノ協奏曲
- [ピアノ協奏曲 第 1 番 ニ短調 Op. 15] (1858) — 26 歳、 巨大 (50 分)、 「ピアノ付き 交響曲」。 ロベルト・シューマンの 自殺未遂への 悲嘆 を 反映
- [ピアノ協奏曲 第 2 番 変ロ長調 Op. 83] (1881) — 48 歳、 4 楽章 (通常は 3 楽章)、 50 分、 「ピアノと 交響曲の 巨大な融合」
これらは 世界最高峰のピアノ協奏曲 の 一群。 ブラームス自身が 独奏で 初演。
変奏曲の 名人
ブラームスは 変奏曲の 巨匠:
- [ヘンデルの主題による 変奏曲とフーガ Op. 24] (1861) — 「バッハ [ゴルトベルク] 以後 最大の変奏曲」 と ワーグナーが 評価
- [パガニーニの主題による 変奏曲 Op. 35] — 2 集、 各 14 変奏、 世界で 最も困難な ピアノ曲の一つ
- [シューマンの主題による 変奏曲 Op. 9] — ロベルトの 主題、 クララに 献呈
- [ハイドンの主題による 変奏曲 Op. 56a/b] — オーケストラ版・2 台ピアノ版
前記事 [ベートーヴェン] の [ディアベリ変奏曲]、 バッハ [ゴルトベルク] と 並ぶ 変奏曲の 三大頂点。
[ハンガリー舞曲集]
21 曲、 4 手連弾。 ハンガリー・ロマ音楽の 影響、 世界的人気。 第 5 番 嬰ヘ短調 が 圧倒的に 有名。 現代でも 子供の ピアノ発表会 の 定番。
手・技法の 特徴
ブラームスの 手
- 大きな手、 10 度が 容易
- 重厚な和音、 分厚い響き
- オクターブ・重音の 大量使用
シューマンの 手
- 中指の 故障、 小さな手
- 指の独立性 を要する 難曲
- 薄めの 響き、 詩的な音
演奏の 難しさ
ブラームス・シューマンとも、 「地味だが 弾くのが 難しい」 音楽。 派手な リスト・ショパンと 違い、 内省・深奥の 表現 が 問われる。
「ブラームスの 3 つの B」
19 世紀後半の ドイツ音楽の 3 大巨匠 を 「3 つの B」 と 呼ぶ:
- Bach (バッハ)
- Beethoven (ベートーヴェン)
- Brahms (ブラームス)
指揮者 ハンス・フォン・ビューロー (1830-1894) が 造語 (「ブラームスの 第 1 交響曲 = ベートーヴェンの 第 10」)。 リスト・ワーグナー派 から見ると 「旧派の擁護」 だが、 現代では 定説。
シューマン・ブラームス弾き — 20-21 世紀
- ヴィルヘルム・バックハウス (1884-1969) — 重厚ドイツ
- アルトゥル・ルービンシュタイン (1887-1982) — ショパンだけでなく ブラームスも
- ヴィルヘルム・ケンプ (1895-1991) — 詩的シューマン
- ルドルフ・ゼルキン (1903-1991) — ブラームスの権威
- クラウディオ・アラウ (1903-1991) — 深いブラームス
- アルフレッド・ブレンデル (1931-) — 知的なシューマン
- ラドゥ・ルプー (1945-2022) — 内省的な ブラームス
- 内田光子 (1948-) — 澄明な シューマン、 深い ブラームス
- エレーヌ・グリモー (1969-) — 現代の 女性ブラームス弾き
クララからの 系譜 — 女性ピアニスト
クララ・シューマンの 後継として、 女性ピアニスト の 系譜:
- クララ・ハスキル (1895-1960) — ルーマニア→スイス
- マルタ・アルゲリッチ (1941-) — アルゼンチン
- 内田光子 (1948-) — 日本
- エレーヌ・グリモー (1969-) — フランス
- ユジャ・ワン (1987-) — 中国系
- アリス=紗良・オット (1988-) — 日独ハーフ
19 世紀の クララは、 21 世紀の 女性ピアニストの 直接の 遠い祖先。
現代への 影響
- 室内楽・声楽の 中核 — シューマン・ブラームスの 歌曲、 室内楽、 協奏曲
- 教育 — 世界のピアノ教育で 中期・上級教材
- 録音産業 — 全集録音の 定番
- 「内省的な 音楽」 の モデル — 20 世紀以降の 内面的音楽の 起源
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シューマン・ブラームスの ドイツ・ロマン派を辿った。 次記事では、 クロード・ドビュッシー (1862-1918)、 モーリス・ラヴェル (1875-1937) — フランス印象派 の ピアノ音楽に入る。 [前奏曲集]、 [映像]、 [子供の領分]、 [水の戯れ]、 [夜のガスパール]、 [鏡]、 [クープランの墓] — 音色・和声・構造 の 大革新、 「絵画のような 音楽」 の 誕生を 辿る。 ドイツ・ロマン派 (シューマン・ブラームス) の 内省と 対照的な、 フランスの 感覚的な ピアノ音楽へ。