ヴァイオリンの系譜 — クレモナからヒラリー・ハーンまで 500 年

1550 年頃、 北イタリア・クレモナで アンドレア・アマティが 現代的なヴァイオリンの形を確立。 それから 500 年、 ストラディヴァリとグァルネリの黄金期、 コレッリ・ヴィヴァルディのバロック協奏曲、 バッハの無伴奏、 パガニーニの悪魔的ヴィルトゥオーゾ、 メンデルスゾーン・ブラームス・チャイコフスキーの協奏曲、 ハイフェッツ・オイストラフの 20 世紀名演、 そして諏訪内晶子・五嶋みどり・ヒラリー・ハーンの現代まで — 楽器と作曲家とヴァイオリニストが三位一体で紡ぐ系譜を、 全 11 コンテンツで辿る。

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ヴァイオリンとは何か

ヴァイオリン (Violin) は、 4 本の弦を 弓 (bow) で擦って鳴らす 擦弦楽器。 16 世紀半ば、 北イタリア・クレモナ で ほぼ現在の形が完成した。 それ以来 500 年、 楽器としての基本設計はほとんど変わっていない — これがピアノとの決定的な違いである。

ピアノが 300 年で 鍵盤・弦・機構を 大きく進化させ続けたのに対し、 ヴァイオリンは 1700 年前後の クレモナ黄金期に すでに 「完成」 していた。 だからこそ、 300 年前の ストラディヴァリウスや グァルネリ・デル・ジェスが 今も 現役の 最高峰楽器 として 数億円で取引される。 「楽器が古いほど価値がある」 という、 他の楽器にはない特殊性を持つ。

「楽器 + 作曲家 + ヴァイオリニスト」 の 三位一体

ヴァイオリンの歴史も、 3 つの視点が 不可分に絡み合う:

  1. 楽器としてのヴァイオリン — 製作者 (luthier) の系譜 (アマティ、 ストラディヴァリ、 グァルネリ、 モダン・メーカー、 日本の弦楽器製作)
  2. 作曲家 — ヴァイオリンのために書いた人 (コレッリ、 ヴィヴァルディ、 バッハ、 モーツァルト、 ベートーヴェン、 メンデルスゾーン、 ブラームス、 チャイコフスキー、 シベリウス)
  3. ヴァイオリニスト — 演奏する人 (パガニーニ、 ヨアヒム、 イザイ、 クライスラー、 ハイフェッツ、 オイストラフ、 ミルシュタイン、 パールマン、 ムター、 ヒラリー・ハーン)

ただしピアノと違い、 「楽器」 の主役は 現役の製造メーカーではなく、 300 年前の 銘器 である点が ヴァイオリン史の 独特なところ。

500 年の 5 期区分

第 1 期: 誕生とクレモナ黄金期 (1550-1750)

アンドレア・アマティ が 1550 年頃 クレモナで 現代型ヴァイオリンを確立。 孫の ニコロ・アマティ の工房から、 アントニオ・ストラディヴァリ (1644-1737)ジュゼッペ・グァルネリ・デル・ジェス (1698-1744) という 二大巨匠が生まれる。 1700-1720 年代の 「黄金期 (golden period)」 に作られた楽器は、 今日まで 誰も超えられない 音響的頂点とされる。

第 2 期: バロックの協奏曲 (1700-1750)

アルカンジェロ・コレッリ (1653-1713) が ヴァイオリン奏法と 合奏協奏曲の 基礎を確立。 アントニオ・ヴィヴァルディ (1678-1741) が [四季] をはじめ 500 曲近い協奏曲を量産。 そして J.S. バッハ (1685-1750)[無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ] (BWV 1001-1006、 1720 年頃) で、 1 挺のヴァイオリンだけで 対位法的な 宇宙を構築した。

第 3 期: 古典派とヴィルトゥオーゾ (1750-1840)

ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィオッティ (1755-1824)「近代ヴァイオリン奏法の父」 として 演奏技法を体系化。 そして ニコロ・パガニーニ (1782-1840)「悪魔に魂を売った」 と噂された 超絶技巧の 化身。 [24 のカプリース] は 今もヴァイオリン技巧の 到達点。 彼の登場で ヴァイオリンは 「名人芸を見せる楽器」 という 新しい地位を得た。

第 4 期: ロマン派協奏曲の黄金時代 (1840-1920)

メンデルスゾーン、 ブラームス、 チャイコフスキー、 ブルッフ、 シベリウス による 大協奏曲 が 続々と誕生。 これらは今も コンサートの 中心リパートリー。 演奏家では ヨーゼフ・ヨアヒム (ブラームス協奏曲の 献呈相手)ウジェーヌ・イザイフリッツ・クライスラー が 名人として君臨した。

第 5 期: 20 世紀〜現代 (1920-)

ヤッシャ・ハイフェッツ (1901-1987)「ヴァイオリンの王」 として 完璧な技巧の 規範を打ち立てる。 ダヴィド・オイストラフ、 ナタン・ミルシュタイン、 ユーディ・メニューイン、 アイザック・スターン の巨匠世代 → イツァーク・パールマン、 アンネ=ゾフィー・ムター、 ヒラリー・ハーン、 ジョシュア・ベル の現世代。 日本からも 諏訪内晶子、 五嶋みどり・五嶋龍、 樫本大進 が 世界の第一線へ。

主要な 11 の場面

  1. 1550 年頃 — アマティ、 クレモナで現代型ヴァイオリンを確立
  2. 1700-1720 年代 — ストラディヴァリの黄金期
  3. 1725 年 — ヴィヴァルディ [四季] 出版
  4. 1720 年頃 — バッハ、 無伴奏ソナタとパルティータを完成
  5. 1782 年 — パガニーニ生まれる
  6. 1820 年頃 — パガニーニ [24 のカプリース] 出版、 超絶技巧の到達点
  7. 1844 年 — メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 初演
  8. 1878 年 — チャイコフスキー / ブラームス 協奏曲、 相次いで完成
  9. 1905 年 — シベリウス 協奏曲 改訂版、 20 世紀協奏曲の橋渡し
  10. 1917 年 — ハイフェッツ、 16 歳でアメリカ・デビュー、 世界を震撼
  11. 2000 年代- — ヒラリー・ハーン、 諏訪内晶子、 五嶋姉弟の現代、 配信時代へ

ヴァイオリンの特殊性 — 「完成された楽器」

ヴァイオリンは 1700 年前後に 音響的に完成し、 以後 基本設計が変わっていない。 この事実が いくつもの独特な現象を生む:

  • 銘器の価値 — ストラディヴァリウス・グァルネリは 数億円。 現役の 最高峰楽器が 300 年前の 中古品
  • 楽器の 「貸与」 文化 — 若手の名手は 財団や 個人コレクターから 銘器を貸与される (自力では買えない)
  • 音の科学 — なぜ 300 年前の 楽器を超えられないのか、 いまだ完全には解明されていない (ニス説・木材説・経年説)

ピアノが 「メーカーの技術進歩」 の歴史なら、 ヴァイオリンは 「失われた黄金期を 追い続ける」 歴史である。

ヴァイオリンの 「歌」 — 人声に最も近い楽器

ヴァイオリンは 弦楽器の中で 最も 人声に近い と言われる:

  • ヴィブラート で 声のような 揺らぎを作る
  • ポルタメント / グリッサンド で 音と音を 滑らかに繋ぐ
  • 弓 (ボウイング) の 無限の階調で 呼吸を表現

「歌うように弾く (cantabile)」 が ヴァイオリンの 究極目標。 一方で パガニーニ以降、 重音・フラジオレット・左手ピッツィカート・スピッカート などの 超絶技巧も 発達し、 「歌」 と 「技」 の 両極を持つ。

このシリーズで扱う予定の記事

以下 11 記事 (overview 除く) を 時代順に:

  1. ヴァイオリンの誕生 — レベック・ヴィオールからアマティ、 クレモナへ
  2. ストラディヴァリウスとグァルネリ — クレモナ黄金期の製作者と銘器
  3. コレッリ・ヴィヴァルディ — バロック協奏曲の確立と [四季]
  4. バッハの無伴奏 — ソナタとパルティータ、 シャコンヌの宇宙
  5. ヴィオッティと古典派 — 近代奏法の父、 モーツァルトの協奏曲
  6. パガニーニ — 悪魔のヴィルトゥオーゾ、 24 のカプリース
  7. ロマン派の協奏曲 — メンデルスゾーン・ブラームス・チャイコフスキー・ブルッフ
  8. シベリウスと 20 世紀 — 協奏曲の最終形、 新ウィーン楽派の弦
  9. 20 世紀の巨匠 — クライスラー・ハイフェッツ・オイストラフ・ミルシュタイン
  10. 現代のヴァイオリニスト — パールマン・ムター・ヒラリー・ハーン・ベル
  11. 日本のヴァイオリニストと配信時代 — 諏訪内晶子・五嶋姉弟・樫本大進、 SNS の新世代

全体像

「人声に最も近い擦弦楽器」 としてのヴァイオリンは、 500 年で オーケストラと 室内楽の 中心 となった。 その系譜は、 製作者・作曲家・演奏家 の 三者関係の 産物 — ただしピアノと違い、 楽器の主役は 300 年前に 完成した 銘器 である。

このシリーズでは、 その 500 年を 人と楽器と 音楽 の 三位一体として辿る。 次記事は、 まず ヴァイオリンという楽器の 誕生史 — レベックや ヴィオールといった 前身楽器から、 クレモナで 現代型が確立するまでを追う。

公開済みの記事

  1. ヴァイオリンの誕生 — レベックからアマティ、クレモナへ
  2. ストラディヴァリウスとグァルネリ — クレモナ黄金期の謎
  3. コレッリとヴィヴァルディ — バロック協奏曲の確立
  4. バッハの無伴奏 — ソナタとパルティータ、シャコンヌの宇宙
  5. ヴィオッティと古典派 — 近代奏法の父とトルテの弓
  6. パガニーニ — 悪魔のヴィルトゥオーゾ、24 のカプリース
  7. ロマン派の協奏曲 — メンデルスゾーン・ブラームス・チャイコフスキー
  8. シベリウスと 20 世紀 — 協奏曲の最終形と調性の解体
  9. 20 世紀の巨匠 — クライスラー・ハイフェッツ・オイストラフ・ミルシュタイン
  10. 現代のヴァイオリニスト — パールマン・ムター・ヒラリー・ハーン
  11. 日本のヴァイオリニストと配信時代 — 諏訪内・五嶋姉弟から SNS 新世代へ
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